日本大阪医科大公開市民講座


2004年2月7日「心臓ペースメーカ電磁波障害に関する公開シンポジウムのご案内 」


●2004年2月7日 心臓ペースメーカ電磁波障害に関する公開シンポジウムの基調講演

■ 心臓ペースメーカの電磁波障害

  • 日本メドトロニック株式会社
  • カーディアックリズムマネージメント テクニカルフェロー
  • 豊島 健

携帯電話による電磁波障害が、電車内等のアナウンスで取上げられるようになって、一般の人にも馴染み深い存在となった心臓ペースメーカ、あるいは植込み型除細動器(以下両者をまとめて「ペースメーカ・ICD等」とする)等は、心臓の活動に伴って発生される心電位を検出することによって、その動作を制御している。このペースメーカ・ICD等に、体外に存在する電磁界が作用して、器械に電気的雑音が混入し、正常な制御機能が損なわれることを、ペースメーカ・ICD等のEMI(Electromagnetic Interference:電磁波障害あるいは電磁障害)とよんでいる。

巷では、ペースメーカは上記のような外来性の電気的雑音に弱すぎるとの批判を聞くことがあるが、これは的外れである。我々の周囲には、ペースメーカ・ICD等のように、生体からの電気信号を扱う器械が少なく、通常このような器械は、病院等の管理された環境で使われている。しかし、それらの器械は、場合によっては1m以上離れた携帯電話等からでも障害を受けることがある。これは、廊下を移動している携帯電話から、壁を隔てた病室内の器械が影響される可能性さえ示唆している。これが理由となって、病院内での携帯電話の使用が厳しく制限されているわけである。これに比較すれば、22cm離せば影響を免れられるペースメーカ・ICD等は、むしろ雑音に強い部類に入っているといえる。

生体からの電気信号を扱う器械が、外来の電気的雑音に影響されやすい原因は、これらの雑音が、外部の電磁界の作用を受けて、生体内で発生することによる。すなわち、器械に雑音が混入するのではなく、雑音で汚染された信号が器械に入って来ると考えるべきなのである。しかも、最大でも20mV程度しかない心電位信号に対し、これ以上の振幅の雑音を混入するであろう雑音源は少なくない。したがって、これらの雑音の影響を受けなくするためには、外部の電磁界が生体に作用出来なくする必要がある。

また同じ理由で、問題となりそうな電磁環境を評価する際に、たとえ電極リードが接続されていても、ペースメーカシステムだけを持ち込んでみても、環境の評価はできず、ペースメーカシステムを人体と等価なモデル内に設置して、はじめて評価ができるようになるなどについての理由が明らかになってくる。

今回の講演では、上記のペースメーカ・ICD等に雑音が入力するメカニズムの検討。また、電磁環境を評価するための人体モデルの設計および使用上の注意点について触れる。また、これまで、総務省の委託を受けて行ってきた、「電波の医用機器等への影響に関する調査研究」の結果等について述べるとともに、ペースメーカ・ICD等の使用者が、真に気を付けるべき機器や装置が何であるかを明確にし、日常遭遇する電磁環境の影響を、どのようにしたら避けることができるかについて、分かりやすく解説する。

●2004年2月7日 心臓ペースメーカ電磁波障害に関する公開シンポジウムの講義1

■ ペースメーカの患者さんは電磁波をどう思っているのだろう?

―心臓ペースメーカ患者さんの電磁波障害に関する意識調査からー

  • 大阪医科大学 胸部外科学教室
  • 森本大成

自己心拍の有無を判断して作動するディマンド型ペースメーカの登場以来、外部からの電磁がペースメーカの作動に影響を及ぼすことがわかった。これをペースメーカの電磁障害(EMI; electro-magnetic interference)という。これによりペースメーカの作動に影響を及ぼす機器が判明し、患者側に警告されている。しかし最近携帯電話が爆発的に普及し、ヨーロッパで携帯電話がペースメーカに影響を及ぼすことがわかり、この新しい電磁障害源がペースメーカ患者さんの心配の種となっている。一方現在ペースメーカに対する携帯電話の安全使用のガイドラインが示され、患者さんの不安が解消された筈であるが、それでもなお心配しておられる方が多いのが現状である。また携帯電話以外に電子商品監視機器やIHなどの家電機器の影響も登場している。

そこで我々は、「ペースメーカ患者さんは電磁波をどのように思っているのか」について調査するために2003年11月1日から2004年1月20日までの間にペースメーカ点検のために本院胸部外科のペースメーカ外来を訪れた215人(男性125人、女性90人、年齢20~94歳、平均年齢64.1歳)にアンケートを実施した。

その結果95%(204人)は電磁波がペースメーカに影響することを知っていた。そのうち具体的な影響を知っていたのは47%(101人)で、その55%(56人)が誤作動と答えている。また電磁波による影響の情報は約70%が医師や看護師から得たものであった。携帯電話からの安全距離を知っていたのは93%(199人)で、具体的な数字を挙げたのはその83%(166人)であり、22cmと答えたのは30人のみであった。215人のうち約30%(63人)が実際に携帯電話を使用していたが、全員その影響を受けた経験はなかった。次にIH調理器については、約30%がIHの使用を希望しており、驚いたことに現在実際に使用している人が2人いた。電磁波が怖くて外出できないと答えたのは15%(32人)で、半数の16人が引きこもりがちであると答えている。職場環境がペースメーカに影響するという理由で職場の変更を経験した人はアーク溶接工2名であった。電磁波対策では、ペースメーカの改良や電磁波を遮蔽するものの開発希望が多かった。しかし携帯電話使用者のマナーの悪さを訴える方も多く、携帯電話使用者のマナー教育を徹底させることも必要だと考えられた。

以上の結果から電磁波による影響について患者さんへ正確な情報伝達が十分ではなく、患者さんの情報元のほとんどが医師や看護師であることから、ペースメーカ医療に携わる者は正確な情報を入手し、それを適確に患者さんに伝える必要があると思われる。そのためにはペースメーカ関連企業だけではなく、家電メーカーや電磁波障害源を取り扱う企業ならびに電磁波の研究者などと十分な情報交換を行い、さらにはお互い共同でこの電磁波対策に取り組む必要があると考える。

●2004年2月7日 心臓ペースメーカ電磁波障害に関する公開シンポジウムの講義2

■ ペースメーカは、電磁波でどんな誤作動をおこすのだろう?

―ペースメーカ誤作動の種類とその影響ー

  • 大阪医科大学胸部外科
  • 得丸智弘

近年、様々な電磁障害源が普及しつつある(携帯電話、IH、盗難防止装置など)。これらの心臓ペースメーカに対する影響は、様々な実験検討に加えペースメーカ本体にも対策が講じられ、その影響は明確にされ危険性は減少しつつある。しかし今後も新しい電磁障害源が普及し、その障害源の特定も大きな問題となる。また臨床現場では、マスコミ報道、公共交通機関のアナウンスなどに端を発する患者さん自身の不安感が日々増長しているよう感じられる。我々の施設でもこれら様々なペースメーカ患者さんへの影響を経験してきた。

しかし、患者さん自身が“電磁障害をうけた”(携帯電話を近くで使われたなど)、と不調を訴えられる中でも実際に影響があったのはごく一部で、ほとんどは心理的なものであった。逆に影響を受けたにもかかわらず、まったく意識されず(無症状で)、外来通院の際初めてわかったということもあった。こういった経験から、もちろんどんな電磁障害源がペースメーカに影響し危険かを広く知っていただくことは重要である。しかしそれだけではなく、なぜ影響されるのか、受けた場合にどうなるのか、を患者さん自身や周りの人々に理解していただき、的確に対処していただく必要を強く感じている。そこで今回、ペースメーカはどのように作動し、どんな誤作動をおこすのかを説明する。

1)ぺースメーカー作動の基本

1903年、世界で初めて心臓の収縮に伴い、“電気”が発生していることをEinthovenが記録した。これがいわゆる“心電図”である。心臓の筋肉が収縮することにより、電気が発生しているのである。ペースメーカは、心臓の中へ挿入した電線を通して心臓の筋肉が収縮する電気を感知し、“心臓が動いた”と判断する。また、同じ電線を用いて心臓の筋肉に電気刺激を与え、電気の力で心臓を収縮させる。これが作動の基本である。すなわち、ペースメーカは、心臓が自分で動いているときはそれを感知して動かない。しかし、感知しなければ(心臓の筋肉が一定時間収縮しなければ)、電気を流して収縮させるのである。

2)ペースメーカの電磁障害(誤作動)の種類 (大きく分けて以下の3種類)

1:ぺースメーカーの基本は“感知”と“刺激”である。ペースメーカ患者さんの体内にはペースメーカ本体から心臓へ至る電線が挿入されている。電磁波を浴びると、この電線や本体に“電気”が発生する(ローレンツの法則)。その電気をペースメーカは心臓の筋肉が“収縮した”と、誤った“感知”をしてしまうことがある。その結果、ペースメーカは、これら電磁波により“心臓は動いている”と判断し、刺激をやめてしまう。この間、自己脈がなければ“心停止”となってしまうのである。

2:ぺースメーカー本体は、磁石を近づけるとある決まった動作をするよう作られている(強制的に心臓を刺激する)。これはプログラマーというペースメーカ本体からデータを読み出す大型の機械が無いような場合(緊急事態、へき地など)でも簡単に、最低限の状況が確認できるための有用な機能である。しかしその反面、他の磁石(血行促進治療具など)を近づけた場合でもこういった動作を起こしてしまう。また、“電磁波などに影響されている”とペースメーカ自身が判断した場合も自動的にこういった動作を行うこともある。これ自体はいわゆる“安全装置”なのだが、ごくまれに自分の心臓の収縮とかち合った場合、危険な不整脈を引き起こすこともある(確率は非常に低い)。

3:ペースメーカ本体は頑丈につくられているものの、内部は精密機械である。非常に強いエネルギーを持った電磁波をあびた場合(放射線治療、原子力発電所などの大量の電気を使う大型工場など)、機械そのものが破壊され、最低限の機能のみになってしまうか、場合によっては作動を停止してしまうことがある。

最後に、これら電磁障害による誤作動は危険であることに変わりはない。しかし、全世界でも実際に電磁障害により命を落とされた方はいない、ということを付け加えておきたい。

●2004年2月7日 心臓ペースメーカ電磁波障害に関する公開シンポジウムの講義3

■ 電磁波っていったいなんだろう?

―電磁波とはどのようなものかー

  • 近畿大学名誉教授
  • 岡本允夫

1. 始めに磁力線ありき

マイケル・ファラデーは、棒磁石の周りの砂鉄が特有の分布を示すことに注目し、磁力線というアイデアを創出して、磁石の周りは、磁力線で満たされたになっているとし、磁石間の引力あるいは反発力は、両者で作られる場を通して伝わる、と考えた。この場のことを磁界と呼ぶ。また、電池に針金を接続して電流を通すと、電流の周囲の空間は、電流を囲むような磁力線の生じる場すなわち磁界となる。磁石や電池による電流のつくる磁界を総称して静磁界と呼ぶ。同様なことが、摩擦電気や電池によるプラス電気とマイナス電気の間にも起こる。すなわち、プラス電気とマイナス電気は、両者の周囲の空間に電気力線で満たされた電界と呼ばれるをつくり、引力はその場を通して伝わる。摩擦電気や電池がつくる電界を静電界と呼ぶ。

2. 磁界が電界を生じ, 電界が磁界を生ず

針金コイルに棒磁石を近づけて行くと、コイルに電流が流れる。逆に、コイルから遠ざけて行くと、電流は、先とは逆方向に流れる。ジェイムス・マクスウエルは、この現象を、時間変化する磁界には、時間変化する電界が伴っている、と読んだ。一方、対向する2枚の平板電極に交流電圧をかけると、導線が途中で切れているにもかかわらず、電流が流れる。先のマクスウエルは、これを平行電極間の時間的に変化する電界が導線電流と等量の電流を運んでいると読み、かつ、時間的に変化する電界には、時間変化する磁界が伴っている、と考えた。現在、これらは宇宙空間の特性と考えられている。

このように、時間的に変化する磁界と時間的に変化する電界は、互いに連関しあっていて、独立して存在するものではない。それゆえ、両者を一体と考え、これを電磁界と呼ぶ。マクスウエルは、両者の関係を数学的に書き上げ、宇宙の電磁現象を記述する電磁界方程式に到達した。この方程式から、電磁界の波動すなわち電磁波の存在が予言され、その速度は光速に近いことが示された。電磁波は、その25年後に、ドイツの物理学者ハインリッヒ・ヘルツによって始めて人工的に発生させられて検出された。その伝搬速度が光速に極めて近いことが実証されて、光は電磁波の一種であることが明らかになった。

3. 周波数による電磁界の分類, 波長による電磁界の分類

4. 電磁界は、反射もするが、侵入もする

5. 電磁界は、回り込む

電磁波のスペクトル

●2004年2月7日 心臓ペースメーカ電磁波障害に関する公開シンポジウムの講義4

■ どんな機器がペースメーカに影響を及ぼすのだろう?

―機器から出る電磁波によるペースメーカへの影響の調査についてー

  • 大阪府立産業技術総合研究所
  • システム技術部 電子計測グループ
  • 田中健一郎

ペースメーカに電磁波が侵入し、さらにいくつかの条件が重なると動作に影響が現れます。ペースメーカに電磁波が侵入する経路としては、二つの経路が知られています。

一つは心筋に電気刺激を送るとともに、脈拍をモニターするために使用されるリード(電極)です。現在のペースメーカは、脈拍をモニターすることで、脈拍が遅くなった時にだけ心筋を電気刺激するデマンド型が主流となっています。デマンド型ペースメーカでは、リードから侵入した電磁波が脈拍のモニターを妨げることがあり、必要な時に電気刺激を発生しなかったり、逆に必要でない時に電気刺激を発生したりする原因となります

もう一つの侵入経路はペースメーカに内蔵されているテレメトリーコイルです。これは専用の装置を用い、磁気を使って皮膚の上からペースメーカとデータ通信を行うためのものです。このように、ペースメーカには電気信号や磁気信号の入口があるので、電磁波の影響をまったく受けないように作ることはできません。ただし、実際にペースメーカが影響を受けるかどうかは、電磁波の強さ、周波数成分、振幅(電磁波の強度)変化の他、ペースメーカの種類や個々の患者さんに合わせて決められるペースメーカの設定条件によって異なります。そこで、私達は数種類のペースメーカについて、電磁波の影響を最も受けやすいと考えられる条件に設定し、これを模擬人体の中に収めて、ペースメーカへの影響が懸念されている機器(2キロワット出力のIH調理器、門型金属探知機、自動麻雀卓)の近くでペースメーカの動作にどのような影響が起きるのか実験的に調査を行いました。

その結果、IH調理器と自動麻雀卓では機器本体のごく近傍にペースメーカを置いた場合に、門型金属探知機では電波強度を実際には使われることのない最大レベルに設定し、なおかつ機器本体のごく近傍にペースメーカを置いた場合に影響が確認されました

ここでは、人工システムから発生する電磁波がペースメーカに影響するメカニズムについて、電磁波のペースメーカへの影響を調べるための模擬人体について、模擬人体を使った実験とその結果について述べさせて頂きます。

●2004年2月7日 心臓ペースメーカ電磁波障害に関する公開シンポジウムの講義5

■ 電磁波の影響を小さくするにはどうしたらいいのだろう?

―ペースメーカに対する電磁波影響を軽減させる方法についてー

  • 大阪府立産業技術総合研究所
  • システム技術部 電子計測グループ
  • 松本元一

電磁波とは、電界および磁界の時間的な変化が空間を伝わる現象のことをいいますが、この波が電気を伝える物質(導体)に入射すると、電圧および電流に変化します。ペースメーカも導体で構成されているため、電磁波を受けると電圧や電流が誘導されます。

ペースメーカの仕事は、心臓の筋肉(心筋)が発する小さな電圧を検知することによって心臓の動きを把握し、動きが標準からずれた場合には電気刺激を与えて標準的な動きに戻すことです。しかし、外部から電磁波を受けると、その電磁波によって生じた電圧と心筋が発する電圧との区別できなくなり、正常な動作が妨げられます。

このような電磁波による影響を軽減するには、以下の3つの方法が知られています。1.電磁波発生源の除去、2.ペースメーカ内部の防御機構の強化、3.伝達経路の遮断このうちペースメーカ装着者側でできることは、伝達経路の遮断だけです。具体的な方法の1つは、電磁波発生源から離れることですが、発生源が分らない場合や、社会生活上、距離をとれない場合もあります。そこでもう1つの方法として、電磁波を通さない材料(電磁波シールド材)で身体の表面を覆うことが考えられます

電磁波シールド材には様々なものがあり、導電性繊維で作られた衣服もその1つです。本実験では、日本人標準体型の実寸半身生体モデル内にペースメーカを配置して、電磁波シールド衣服を装着した上で、外部から強い電磁波を照射した場合のペースメーカの動作を観察しました。

照射した電磁波は、IH調理器、凶器探知機、盗難防止装置、非接触データキャリア装置(SUICA、ICOCA、RF-ID等)、特定小電力無線機、アマチュア無線機、自動車電話、携帯電話、無線LAN等の使用周波数帯域およびエンジンのスパークプラグ、アーク溶接機等から発生する電磁波の周波数帯域を考慮して、20Hzから約1GHzまでの周波数成分を持つ波高値4kVの高出力インパルスを用いました。

その結果、本実験で用いたペースメーカに関しては、電磁波シールド衣服を装着することによって、ペースメーカの正常動作を維持できることが確認されました。

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